もぅ、ゴルフは懲りごり

のんびりパパのHALです。
ゴルフの部分に特化して自己紹介を深堀りしたいと思います。

ゴルフとの出会い

物心ついた頃からすでにゴルフは身近にありました。
はい。ゴルフ好きの父親の影響です。
父親は普通のサラリーマンでゴルフは完全な趣味
しかも研究熱心でレッスン系のビデオを良く繰り返し観てました。
道具へのこだわりも強く、色々と叩き込まれました。

もちろんそれだけではゴルフにどっぷりな人生にはなりません(笑)
幼少時、テレビの再放送で流れていたゴルフ漫画!

プロゴルファー!!

旗包みに憧れて
もず落としをやりたくて
岩返し(障害物に当ててその跳ね返りを利用するショット)を庭の壁や木に当てて遊んだ日々
休みの日に練習場に行く父親について行っては、とにかく旗包みを狙い打ち続けていました(汗)
そして、時々ショートコースに連れて行ってもらっては
4番アイアンとパターだけで回るという、今思えば無謀なことのようですが、純粋にゴルフを楽しませてもらっていました。

幼少期のゴルフとの関わり

小学生時代は、練習場で親のスイングチェック
雑誌の写真を参考にその形になっているのか?
どこか違うところはあるのか?
スイングの型や身体の動かし方、使い方を叩き込まれ
スイングチェックの技術を身につけた気がしまう。
そのおかげでスイング理論や修正の仕方も身につけ、経験値を上げた期間になりました。

中学時代は部活に専念する日々でゴルフからは少し離れましたが、
引き続き父親のスイングチェックやゴルフ雑誌の漫画は見続けてましたね〜


高校受験が終わったあたりから、再度ゴルフに復活をするわけですが。。。
筋力、体力が3年間の部活の日々で大きく成長したこともあり
当たれば飛ばせるようになっていました。

が!!!

ちゃんと当たらん
まっすぐ飛ばん
よ〜曲がる(笑)

そこで父親から言われたこと
6番アイアンで、180の看板を常に超えるまで打ってろ!!
こんな無茶苦茶な練習でしたが
元々スイングは頭に叩き込まれていたおかげで
1ヶ月もしたらそこそこにまっすぐ飛ぶようになり
飛距離も安定し始めて、3球に1球くらいは180ydsを超えるようになりました。
振り返ってみたらこの練習をしたことで、飛距離の基礎がここで作り上げられたと思っています。

なぜなら、ここからスイングの調整などショットの正確性を高める練習に入るわけですが
スイングの調整や修正をすればするほど飛距離は徐々に落ちてきます(つらい・・・)
ですが、スイングが落ち着いてくると、今度は徐々に最初に作った飛距離に戻って行ったのです。
ということは、ある程度スイングが固まった状態でさらに飛距離を伸ばしていくことは
とてもとても難しいことなのです。
それでは、身も蓋もなくなってしまうので、後日飛距離アップについての記事を掲載しますね。

本格的にゴルフをスタート

そんなかんなでショットはそれなりになり、高校生に・・・
たまたま選んだ高校にゴルフ部があったことが大きなきっかけで
本格的にゴルフの世界に足を踏み入れるのです。

実は、私の初ラウンドはというと。。。

なんと、試合。。。の練習ラウンド
無謀にも初ラウンドで100切りを目指しました。
結果はというと・・・・

51-51 の 102、、、、(´・_・`)
そして、試合では・・・・ 107。。。
これが、夏休みのお話しです。。。

そして3回目のラウンドは、冬休み
念願の100切りを達成!!!
スコアは、50−49の99でした。

ここで頭に乗った私は新人戦にノミネートされ
意気揚々と試合に挑みます。。。
地方の新人戦のレベルは低いので
100を切れたら次のエリアの試合へ出られるのですが。。。

はい。撃沈です(笑)
なんとなんと55−55の110。。。
いやみに聞こえるかもしれませんが、これが私のワーストスコアです。
ベストスコアを出した次のラウンドがワーストスコア・・・

めちゃくちゃショックを受けた私は、
この後、めちゃくちゃ練習をするのです。
悪かった原因は分かっているんです。

兎にも角にも、OBのペナルティが多い!

よく曲がるわけですよ。つまりティーショットが苦手だったんですね。
その背景には、人よりちょっと飛ぶということに優越感に浸り溺れていました。

そんな時に、ゴルフ漫画からヒントを得るわけです。
自分のスイングが夢に出てくるまで、感覚でスイングする練習をする。
力一杯振り回していたところから、イメトレの脳内でゴルフをするようになりました。
聞こえはいいですが、現実はラウンドには滅多にいけない学生ゴルファー(笑)
ゴルフ場のレイアウトを手に入れては、そのレイアウトを思い描きながら
練習場で擬似ラウンドをして、1球1球真剣に集中してショットしました。

そこで身につけたのは、心地よいスイングスピードというものです。
素振りのように力みの取れたスイング
漫画で学んだ、暗闇でもバランスを崩さないスピードとリズム感

その結果。。。
連続して100を切るようになりました。(^_^)v
が、飛距離は1番手以上落としました。。。(´・_・`)

そして、いつの間にかショットメーカーになっておりました。
暖かくなり、部の先輩がアルバイトしていたゴルフ場のご厚意で、
学校が休みの時にゴルフ場のお手伝いをしたら
ラウンドさせていただけるという機会を得て
久しぶりのラウンド

40-43 の 83 !(◎_◎;) 自分でもびっくり

初めての80台。そしてベストを10打以上も更新してしまい、
信じられない気持ちでいっぱいでした。
その後このシーズンはほぼ80台ゴルフになり、楽しくなった時期でした。

その年の冬
地域のゴルフ連盟主催のイベントに参加させてもらい
研修生をはじめとする本格競技ゴルファーの方達とのラウンドです。
セッティングもフルバックでグリーンもめっちゃ早い状態

現実を目の当たりにします。
飛距離の違いそしてショットの精度とパッティング上手さ

スコアではそこそこな順位に入れましたが。。。
これでは勝てないと感じ、さらなる飛距離を求めるように
これが大きな落とし穴とも知らずに。。。

飛距離はそれほど時間かからずに戻りました。
しかし、始めた頃よりも大きく曲がる・・・
飛距離のバラツキも大きくなり、番手間の飛距離のバランスも崩れ
スコアは、一気に90台後半のアベレージゴルファーに・・・

泥沼期間

80台を連発していたのが嘘のように
突然スコアが崩れたのです。
初めてのスランプです
何が何だか、どうなっているのかも分からなくなりました。
スコアは90台後半が多く、試合では100を切れなくなりました。

そして。。。。

漫画の世界へ逃避をしてしまったのです。。。

漫画の世界のあり得ないショットの練習を・・・
どうやったら打てるのかと真剣に取り組んでしましました。。。

今思えば、アホですよね。。。
原点に立ち戻り基礎練習をしなきゃいけなかったのに。。。

そんな泥沼期間から脱出するきっかけを得ます。
それは、親の海外転勤が決まったのです。

やっぱりおバカな私は、ここでも深く考えず安易な決断をしてしまいます。
もらっていた大学推薦を蹴って、高校中退をして
親について海外へ行くことに・・・

アメリカへ

期待を胸にアメリカへ来てしまいました。
英語?
赤点ギリギリの不得意分野ですよ。
でも、半年もいればなんとかなるんでしょ!
と、軽く考えていました・・・

さて、ゴルフに関してはというと
練習場に行くまでの間に、ゴルフ場が3、4ヶ所
値段もピンキリ
よく行くようになったゴルフ場は家から車で5分の距離にある
18Hで20ドルのコースです。
ちなみに練習場で120球くらい入ったボールが20ドル。。。

ほんと素晴らしい環境ですよね〜
週2、3回ラウンドするようになり
同じコースでラウンドすることで、攻め方や守り方を覚えるわけですが。。。
何ヶ月経っても成長はない。
だんだんとショットやスイングが雑になっていることに気がつくのです。
スコアばかりを気にしてリカバリーばかりを繰り返し。。。
おかげで小技は良くなりましたけどね(笑)
そんな成長のない低迷期から脱却するきっかけを得ることになります。

本格的競技ゴルファー時代

高校に編入(ほぼ再入学)をし、英語の勉強の一環として
ゴルフ部のメンバーに入れてもらえることに(^_^)v
アメリカの部活は季節部、ゴルフは9月から11月の秋のスポーツ
9月はほぼチーム内の選抜大会でホームコースで月水練習を含むラウンド
金曜日はゲーム形式で選考ラウンド
もちろん私はおまけで入部させてもらっていることもあり
試合に出ることはできません!
アメリカの場合、学業の成績が伴っていない場合試合に出ることもできません。
ラウンドを経験しゲーム感覚と競技思考のゴルファーと日々のラウンドで
技術も磨かれ70台が普通に出るようになっていました。

シーズンも後半戦に入り、学校の好意でホームコースでの試合は参加させてもらえることになります。
その時にアドバイスされたことは
”常に笑顔を作ろう。トラブルな時、困難な時はとりあえず笑ってみよう”

アメリカの試合は学校同士の戦いとなり、マッチゲームでホームとアウェイのチーム編成
私はホームの8番手(メンバーとしたら最下位メンバーです)
チームメンバーの中では、スコアとしては上位でしたので、
課せられたミッションは、負けないこと!!
なんとか、参加した12試合全てで勝つことができました。

ですが、この時感じた事は。。。
技術やスコアでは勝てる。でもポテンシャルで比較したら。。。
ブロになれたとしても、彼らに勝てなくなる日が来ると感じてました。

それは、飛距離のポテンシャルだけでなく小技の上手さ
テクニカルショットをいとも簡単に、そして呆れるほど高い精度で打てるのです。
つまり、経験値と戦略的なマネージメントを習得したらあっという間に
成長するようなポテンシャルを持つプレーヤーばかり・・・
打ちのめされた初めての経験でした。

挫折

翌年も試合に出させてもらうことになりました。
前年同様に私は8番手参加で、必ず勝つことををミッションとして参加しました。
ですが、メキメキと他のメンバーが技術を上げてスコアを出すようになり
強くなったチームはこの年、学校創設以来初めて地域の予選を通り
ステート(州)の大会に出られることになったのです。

この時、コーチからとんでもないことを通達されるのです。
「申し訳ない。試合が行われるコースは敷居が高くあなたは入ることができない」

初めは意味がわかりませんでしたが、時間が経つにつれ意味を理解するようになりました。
ここで、競技ゴルフ人生は終了し、学業専念するようになります。

とはいえ、親とのラウンドは続いていたのでエンジョイゴルファーとして楽しんでいました。
当時、ほぼパープレイたまにアンダーのようなゴルフをしていたのですが。。。

腰痛の発症と腱鞘炎を発症します。
痛みとの戦いです。
それに加え、視力がとんでもなく低下しました。。。

痛みを誤魔化しながらまたメガネをかけてのゴルフは
ショットの精度やグリーンのライン読みが衰え、
どんどんスコアが落ちていきました・・・

一番はゴルフをすることへの楽しみが
下手になることの辛さよりも、痛みとの戦いが苦しくなってしまったのです。。。

数奇なご縁でゴルフ業界へ

大学の卒業も決まり、就職を考えていました。
アメリカにいる事もあき、日本に戻りたい気持ちが強くなっていたため
日本で就職活動をします。

そんな時に、知人を通じてお誘いがありました。
とある外資系ゴルフ用品メーカーが英語とゴルフができる人材を探しているとご縁をいただきました。

面接に行くと、営業を探しているとのこと。
私は、バリバリ理系だった事もあり性格的にも営業はできませんと応えてしまいました(笑)
終わったなと思い、紹介していただいた知人に連絡をしていたらキャッチホンが。。。

「HALさんですか?先ほどはお越しいただきありがとうございました。
社長の一任で貴方の採用が決まりました。おめでとうございます。」

「え?あっ、ありがとうございます。でも私営業は。。。」

「大丈夫です、入社後数ヶ月社内部署で適性をみて配置されることになる予定です。
この後、人事から連絡が行きますので、入社日等調整をお願いします。」

ということで、ゴルフ業界へ足を踏み入れることになり
どっぷりとゴルフに関わるようになりました。

幸いなことに多くの経験をさせていただくことができ
商品企画開発、フィッティング、レッスン知識などゴルフに関わる知識経験を身につけます。

いまだに思いますが、この知識と経験が学生時代にあったなら
きっとプロになりプレーヤーとして頑張っていたかもしれません。

そう思うきっかけは、学生をはじめとするエリート選手へ
メーカーとして道具の知識やゴルフに関するノウハウをレクチャーし
成長や上達を目の当たりにした時、こういう情報にアクセスできる人と
そうでない人との格差はどんどん広がるんだろうなと。
またプロになって活躍する人は早くからこういう機会に恵まれていると。

なので私はやはり選手としての資質は乏しかったのかもしれませんね〜

やっぱりゴルフが好き!

どっぷりゴルフに使った私。
この知識を多くの方に伝えたい。
多くの方の役に立てたらと思い立ち上げました。

一人でも多くのゴルファーが己の目標を達成し
楽しくゴルフを続けていただけたら、嬉しいです

長文となってしまいここまで読んでいただき感謝いたします。
引き続き、のんびりパパのHALをよろしくお願いいたします。

HAL

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